読売新聞は1924年2月26日に特高警察の親玉の元警視庁警務部長、その後警視庁官房主事として特高警察を指揮した正力松太郎が後藤新平の仲介で買い取り社長に就任した。7代目社長だった。
正力は警視庁時代の腹心の部下たちを読売新聞に多く招き入れ読売新聞に内務省、特高警察の人脈を築き上げた。今の公安の人脈でもある。
その後正力は日本テレビを作りCIAのエージェントを務め(これはアメリカの公文書によるものだ)、日本の原発の母となっている。
読売が原発推進なのは科学からではなく、成り立ち、政治からなのだ。
それにしても特高警察の親分がメディアの親分になり、「新聞はインテリが書いてヤクザが売る」と言われたように暴力団とも親密な関係を築き(読売が社会面で強かったのは暴力団から情報が入ってきたためでもあり、読売と暴力団の関係は単に販売店の関係にとどまらない)、そして警察とも癒着する。まさに「事実はニュースより奇なり」である。
参考:
No4 フリーライター 黒薮 哲哉「新聞ジャーナリズムと警察権力」を語る
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